競艇の彦坂という人
最近競艇に興味を持ち古い事なんかも調べているうちに、このカテでも時々出てくる彦坂という昔の選手のことを知りました。
自分なりに調べてみたら、まあ何ともの凄い強かった成績が残っていてビックリしましたが、どのくらい強かったかとかこの人のエピソードみたいなのあったら教えてください。
お願いします。
Wikiに出ているようなことは大体検索しました。
補足
キタ━(゚∀゚)━!!!彦坂レジェンド・・・来た━(゚∀゚)━!
宿直のジイちゃんキタ━━(⌒Y⌒)━━ッ!!!!
コレですよ、コレコレ!
History of Hikosaka・・・彦坂ストーリー(・∀・)イイネ!!
続きが楽しみです。早く聞きたいですーーー( ^ω^ )
ベストアンサー
iba********:
「競艇カテ」宿直のジジイです。
成績などの資料は検索済みのようですからここでは裏話を紹介しますが、簡潔にするために敬称・敬語を省略して記録風に記述しますのでご了承ください。
1515彦坂 郁夫(ひこさか いくお)静岡→千葉
浜名湖競艇場のすぐ近くで生まれ育った彼は、地元の定時制高校に通いながら当時どこの競艇場にもいたゴールの際にチェッカーフラッグを振るアルバイトをしていたほど競艇に縁があり、成るべくして選手になったといえよう。
ちなみにこの旗振り、住之江ではのちの直木賞作家「藤本義一センセイ」が売れない頃にやっていた。
当時の静岡支部は影山昇司・滝野亀次などがいたが、その中で「1314奥村末樹」に可愛がられ彼もまた奥村を慕い数少ない友人の一人として長い付き合いとなった。後年、奥村が甥の「2920中尾英彦」の育成を彼に依頼して中尾が千葉からデビューしたことでもその親交の深さが想像できる。
彼の周りでは、小・中学校と同級生で「イクオ」「ヒロシ」と呼び合っていた幼馴染の「1592松野寛」が彼の後を追って選手になったが、松野は激しいライバル心を抱くも、実力差が顕著になるにつれて彦坂はそんな松野を軽くあしらうようになって口も利かない間柄になった。これはのちに両者がそう語っていた。
すべての記録で彦坂の後塵を拝した松野が唯一「東海地区選」だけ彦坂より先に制したのがせめてもの意地であろうか。
SGに関しては優出が既成のような彦坂と、予選突破もやっとの松野の対決は難しく、ただ1度両者が共に進出した「第15回ダービー」の優勝戦の前日、松野の実弟が不慮の死を遂げるというアクシデントのため実現しなかった。
その他では彦坂の弟「2085正一」も選手になったが風貌は似ているものの競艇に限っては賢兄愚弟、こちらは万年B級だった。
以上は、ほんの序章でこの長さです。続きはいずれまたの機会に。
上記事項は成績の記録ではありませんが、不審あるいは怪訝に思われたら地元新聞社などに問い合わせればすべて事実だと証明されます。
その他の回答
tos********:
ずーっと昔の記憶で曖昧ですが…
静岡あたりから千葉に移住した漁師兼競艇選手の様な人でクビになるまで艇界ではモンスター野中さんなど足元にも及ばない恐ろしい気質の選手だったと…
同期の岡本先生とは心を許す戦友みたいな、北原×加藤コンビのごとく…
当時の競艇選手になる人々は戦前生まれの根性者が多かったのでは…
今は、「これ博打?」ってぐらい選手同士が和気あいあい仲良く楽しくプロスポーツの選手と勘違いしている様で…
体重制限が無い時代だったので命懸けで減量などをして記念レースに出てたようです。
デコポン:
レジャチャン契約して見てたら、たまに昔の映像流れますよ。
へっぽこ:
実際、本人のレースを見たことがない人でも、競艇を少しかじれば誰しもが耳にしないことが不可能な単語です。
上記の説明で分かってもらえたと思います。