昨日、友人と依存と自立について少し話し合いました。
きっかけは 友人が朝から晩まで パチンコをしたいと 発言したことでした。
「タバコやお酒や、パチンコの依存性というのは、とかくやめることができない。
あるいは ワークホリック や、ネット依存、性交渉の依存など 中毒性のある行為にふけると、別の選択肢を潰している。別の選択肢を取ろうとしても ある行動をやめることができないので 選択不能になっている」というような趣旨の話をしました。
例えば パチンコをやめられないばかりに 自然豊かな緑の中を散策し 新鮮な空気を吸うことができなくなっているとか、コーヒー中毒になっていてもっと体にいい 乳製品などを取ることができなくなっているとかいうような話をしました。
友人は糖分摂取 だって 依存するし、自然の中を歩くの だって 依存 なんじゃないかと言い始めました。
あるいは乳製品を取ることがそもそもしたくないから コーヒーを飲んでいるので 依存ではない的な発言をしていました。
少し 詭弁だなと思いました。
友人とこんな話もしました。
筋トレは依存性があるか。
友人が言うには醜形的な病的感覚で筋トレを続け続ける人がいる そういう人は依存症に陥ってるようなことを言ってました。
彼が 詭弁を言った本当の理由は後で聞くことができたのですが、それは パチンコ 自体を悪いものと捉えないで欲しいという思いがあって 詭弁を述べたようでした。
パチンコをする人の中で 依存症に陥り たくさんの借金を作ってしまう人というのが 実際にいるそうです。
だけどそれは パチンコ 自体が悪いのではなくて依存的になる人に責任があるのであって、そこに合わせて物事を見ることで パチンコが悪いものだという風に捉えて欲しくはないということでした。
例えば1000円だけで遊ぶとか30分だけ遊ぶとかそういうのであれば 依存症に陥っていないのでパチンコは悪いものではないんだ とのことです。
僕はパチンコ台を作るというのも 相当な技術が必要なので パチンコ台 自体には全く罪がないとは思います。
その点については 同意できるなと思いました。
ただ自然の中を散策して新鮮な空気をするのは健康にいいことだし 健康に良いことは寿命を延ばすことにつながり 精神力 体力を養うことができるので決して依存ではないと思います。
ただ こんなことはありえないと思いますが 24時間ずっと自然の中を歩き続けないといけない意識に陥ったりとか、そんなことはあれば 依存かもしれませんが 現実的には中毒性がないのでそんなことは考えられないと思います。
彼はワーカホリック についても、仕事を生きがいにしてるならそれはいいことだと思うと言ってました。
多分 ワーカホリックが問題視されるのは家庭や子供を持っていてそれを顧みずに中毒的に仕事に取り組む 問題点、あるいは働きすぎて 体を壊す 問題点があるからだと思いますが、友人は言葉尻を捉える 特徴があるので そこまでは説明しきれませんでした。
僕と友人の共通の答えは やはり バランスが大事だということでした。
例えば 子供の頃 ゲームは1日1時間までと親に指導されたりしますが これを24時間 やり続けて仕事も生活も投げてしまえばそれはやっぱり 依存症であり 中毒性があり 問題だと思います。
だけどちゃんと仕事も生活も子育ても家庭生活も営んだ上でゲームをするのであれば それはバランスが取れているとも言えると思います。
そういう意味でバランスです。
僕が思ったのは依存 に陥りやすいものはいくつかあることは認識できます。
ただ自立することができるような行動はどんなことがあるんだろうと考えたわけです。
個人的にはタバコもやめて お酒もやめて性行為もしていません。
ネットは割とやっていますがゲームをやっていませんし、パチンコ もやっていません。
友人から ギャンブルを誘われるんですが全て断っています。
「もっとより良い人生を送るために自立した生き方をするためにどんなことをすればいいのかなと その根本的な重要な問いを 僕は持っています 。」
友人はパチンコもやめたくないし ギャンブルも続けたいタイプなのでその話に対しての答えを提示することはしませんでしたし 多分できなかったんだと思います。
ギャンブルを続けることは個人の自由なので 僕は 比較的 そこは 何も進言していません。
そこで 皆さんに質問です。
先ほどの問いに対して皆さんなら どう お答えになりますか。
どうぞ アドバイスお願いします。
ありがとございます。
回答
zan********:
この質問の自立は、依存症からの脱出というような意味だと思いますが。
熱中した趣味と依存症(ギャンブルとか)は明確に実被害があるかどうかだと思います。
例えば、ギャンブルというのは行き過ぎると生活を壊す。借金生活でまともな生活が送れなくなる可能性が高い気がします。
なので、推奨されていないし規制があると思います。パチンコは色々な事で禁止されていませんが、世間の認識的にもアウトな事の一つですよね。
パチンコは悪くない依存症になる人の責任という事は一見もっともらしい答えのように聞こえるけども、私はそうではなくパチンコという仕組みが依存症を作り上げ、常人には負担が大きい額を払わせる仕組みになっている時点でおかしいと思いますよ。他の国は禁止されていますよね。
なので、そういう事が明らかにわかっているのであれば手を出さない。
後は、自分がやりたいようにやったらいいんじゃないでしょうかー
その人の楽しみやその人の幸せはその人次第だと思うので、他人からもっと建設的な事があるでしょうに、と思われる事も本人が満足していたらそれが正解だとも思います。
熱中しすぎて振り返った後、後悔する事も勉強なのかなと思っています。
ただ、やはりパチンコとか他薬物とか、社会的にNGだと思われる事は後悔しても戻れないパターンが多い。
問題なのが、何かの政治的な利害関係で規制されていなかったりする事も世の中にはあります。
そこらへんの判断を自身でされたうえで生きるのがいいのかなと思います。
たく:
依存の定義を揃えてから話してみてください。
依存と中毒が混ざってる気がします。
筋トレ依存はありますよ。結局人は脳が気持ち良いと思ったものに依存するもんです。
パチンコもその一つです。それでその人が幸せであればそれでいいのでは、というのが本音ですが、なんの成長もない、お金がなくなるだけのパチンコをやめて欲しい気持ちはわかります。
人間誰もが家族を持って真面目に健康的に生きるのが幸せなわけではありません。
ギャンブル依存症の方に関わらず、依存するのは脳が求めてしまったから。糖を摂るのもコーヒーを飲むのもそれが気持ちいいからです。
恐らく友人の脳はギャンブルを求めているのでそれが幸せなんです。
もし普通の真っ当な道に引き戻したいならあなたが真面目に過ごして羨ましいと思わせるしかないと思いますよ。引き戻せるうちに。もしくはパチンコなんか行く気が起こらないくらい楽しい他の健全な趣味に依存させるか。
それが本当に友人のためになるかは疑問な気もしますけどね。
私は結婚なんてしなくていいと思っていましたが、最近は結婚して子供もいる幸せそうな友人たちが羨ましくなってきました。しかし、もういい歳なのでなかなかそちらの道に行くのは困難だったりします。ですのでやるなら早い方がいいですよ。
単にパチンコを辞めさせたいだけなら依存症を助ける会的なNPO法人があるので無理矢理連れて行ってみるのはどうでしょうか。熱意をもって話せばついてきてくれると思います。
友人がお金に困ってなくてただ楽しい状態だとしたら、今の状態の何が悪いのが理解できていないと思います。
そのNPOの会に行くと、パチンコを続けて家庭を壊してきた人たちの末路をきっと見せられるので効果がある可能性はあります。
適当に思ったこと書いたので雑ですがなにか参考になれば