パチスロでよく何号機はよかったみたいなことを言う人がいますが、どういった意味でしょうか?
回答
紫電:
僕は、たぶん1.5号機くらいから打ってる。
一番良かったのはやはり4号機時代。
当たり枚数も多かったし(1回のビッグボーナスで最高711枚)
連チャン回数も半端なかった。
更に、難しい演出なんて無く
単純明快で楽しめたのが一番じゃないかと。
ウィルチャックウィルチャクソン:
4号機全盛期は4号機に限らずパチスロを打つ上でトータルで楽しかったです。
それを踏まえて全盛期と言えるでしょう。
5号機が出る前は、1号機~4号機の機種がホールに設置されていました。
セット打法が使えたり、設定判別(BIGを引けば推測では無く確実に判別出来る)方法がありました。
リプレイはずしや複合役獲得などの技術介入要素があり、効果は絶大でした。(1BIG数千円の差が出ましたね)
裏モノ(不正改造)も当たり前のように設置されており、裏モノコーナーは香ばしく、鉄火場のような状態でした。
その反面、ゴトなどの犯罪も多かったです。
とにかく、現行の機種より機械のポテンシャルが高く短時間で大勝ちする事もしばしばありましたね。
2時間あれば万枚出せました。
23時閉店でも22時過ぎから3000枚とか、閉店1分前に999GのATを引けば残りのゲーム数×7枚補償してくれるルールがあったりして、閉店で手を止まれるまでスーパービンゴコーナーは満席だったりしましたね。
機種のスペック以外のルールも今より甘々でしたね。
「4号機のスペックが優れている」と言うのももちろんですが、その背景となるルールなども魅力的でしたね。
ニューパルでBIG80回とか引けて、2万枚とか今じゃ考えられませんが実際にありましたからね。
携帯やネットの情報が今より普及していなかったので、雑誌などをしっかり読んで勉強した人とそうでない人が居ました。
その為、知識と技術の差が歴然としていたので、今より勝ち組と負け組の差はハッキリしていたと思います。
nax:
4号機がパチスロの黄金時代と言われているのは、出玉速度、爆発力、機械割りの高さが超凄かったからなんです。
夜からパチスロを打ちに行っても、万枚が出ることも日常茶飯事でよく起きていたので、今の時代のパチスロと比べたら、桁違いにゲーム性が楽しかったですからね。
4号機の「パチスロ北斗の拳」は、パチスロ店の全台がパチスロ北斗の拳を設置していた専門店があって、全国のホールでは、パチスロ北斗の拳が60万台以上設置されていました。
それと4号機の「アラジンA」は朝一にスーパーアラチャン5000を引くと、閉店まで出っぱなしが確定するので、5万枚以上を出した人達がいました。
そして当時の週刊誌には、「パチスロで1日5万枚(等価交換で100万)」という記事が掲載されていました。
4号機は設定6の機械割りが140%を超える機種がザラにありましたので、設定6を掴めば、万枚がほぼ確定しました。
野良人:
人は過去の想い出に浸るからです。
学生時代は良かった…とかと同じ。
今を見ないで浸っていても、過去は戻せない。
kjm********:
パチスロ歴19年の者です。
代表的なのは、4号機全盛期ですね。つまり、AT機・ストック機全盛の時代です。この時代の機種は、設定1でも引き次第では万枚が可能だったのです。それも2時間程度で。また、設定6の機械割が著しく高く、終日打って平均万枚以上出る機種もありました。要するに出玉のメリハリが激しく、運を天にガチ勝負する人が多かったんですよ。万枚を夢見て。
それが昨今のパチスロでは万枚はほぼほぼ無理で夢がないんです。パチスロとてギャンブルですから一攫千金の夢がないとやっていて面白くないんですよ。機械割が抑えられ設定6でも万枚はまず無理ですし、そもそも設定6を使うホールはあまりありません。4号機全盛の時のスロッターは、今はほとんど引退しているんではないでしょうか?
また、当時はイベントが盛んだったのです。どのホールも連日イベントを開催していて、どの機種に高設定を何台いれているかなどをホールが朝一公表していたのです。メール会員になると夕方くらいに高設定が入った台番を受信出来るサービスもありました。私のマイホでは、吉宗ALL6などのイベントもやっていました。ホールとしては吉宗では相当な赤字ですが、客の入りが良かったので他の機種の売上でその赤字をペイ出来たんです。
それが昨今のパチスロでは、イベントなし、等価交換廃止、高設定台の激減、機械割の低下など、悪いことづくめです。だから、4号機全盛の頃のスロッターを始め、最近の若い人も今のパチスロに魅力を感じないんです。一方の競馬などは3連単で高配当が期待出来ますから、そちらへ流れている一面もあると思います。
蘭鋳:
BIG1回の出玉(コイン)と連チャン性ですね。
紫電:
僕は、たぶん1.5号機くらいから打ってる。
一番良かったのはやはり4号機時代。
当たり枚数も多かったし(1回のビッグボーナスで最高711枚)
連チャン回数も半端なかった。
更に、難しい演出なんて無く
単純明快で楽しめたのが一番じゃないかと。
ニューパルサーで山佐ファンになった者より。
ウィルチャックウィルチャクソン:
4号機全盛期は4号機に限らずパチスロを打つ上でトータルで楽しかったです。
それを踏まえて全盛期と言えるでしょう。
5号機が出る前は、1号機~4号機の機種がホールに設置されていました。
セット打法が使えたり、設定判別(BIGを引けば推測では無く確実に判別出来る)方法がありました。
リプレイはずしや複合役獲得などの技術介入要素があり、効果は絶大でした。(1BIG数千円の差が出ましたね)
裏モノ(不正改造)も当たり前のように設置されており、裏モノコーナーは香ばしく、鉄火場のような状態でした。
その反面、ゴトなどの犯罪も多かったです。
とにかく、現行の機種より機械のポテンシャルが高く短時間で大勝ちする事もしばしばありましたね。
2時間あれば万枚出せました。
23時閉店でも22時過ぎから3000枚とか、閉店1分前に999GのATを引けば残りのゲーム数×7枚補償してくれるルールがあったりして、閉店で手を止まれるまでスーパービンゴコーナーは満席だったりしましたね。
機種のスペック以外のルールも今より甘々でしたね。
「4号機のスペックが優れている」と言うのももちろんですが、その背景となるルールなども魅力的でしたね。
ニューパルでBIG80回とか引けて、2万枚とか今じゃ考えられませんが実際にありましたからね。
携帯やネットの情報が今より普及していなかったので、雑誌などをしっかり読んで勉強した人とそうでない人が居ました。
その為、知識と技術の差が歴然としていたので、今より勝ち組と負け組の差はハッキリしていたと思います。
nax:
4号機がパチスロの黄金時代と言われているのは、出玉速度、爆発力、機械割りの高さが超凄かったからなんです。
夜からパチスロを打ちに行っても、万枚が出ることも日常茶飯事でよく起きていたので、今の時代のパチスロと比べたら、桁違いにゲーム性が楽しかったですからね。
4号機の「パチスロ北斗の拳」は、パチスロ店の全台がパチスロ北斗の拳を設置していた専門店があって、全国のホールでは、パチスロ北斗の拳が60万台以上設置されていました。
それと4号機の「アラジンA」は朝一にスーパーアラチャン5000を引くと、閉店まで出っぱなしが確定するので、5万枚以上を出した人達がいました。
そして当時の週刊誌には、「パチスロで1日5万枚(等価交換で100万)」という記事が掲載されていました。
4号機は設定6の機械割りが140%を超える機種がザラにありましたので、設定6を掴めば、万枚がほぼ確定しました。
野良人:
人は過去の想い出に浸るからです。
学生時代は良かった…とかと同じ。
今を見ないで浸っていても、過去は戻せない。
kjm********:
パチスロ歴19年の者です。
代表的なのは、4号機全盛期ですね。つまり、AT機・ストック機全盛の時代です。この時代の機種は、設定1でも引き次第では万枚が可能だったのです。それも2時間程度で。また、設定6の機械割が著しく高く、終日打って平均万枚以上出る機種もありました。要するに出玉のメリハリが激しく、運を天にガチ勝負する人が多かったんですよ。万枚を夢見て。
それが昨今のパチスロでは万枚はほぼほぼ無理で夢がないんです。パチスロとてギャンブルですから一攫千金の夢がないとやっていて面白くないんですよ。機械割が抑えられ設定6でも万枚はまず無理ですし、そもそも設定6を使うホールはあまりありません。4号機全盛の時のスロッターは、今はほとんど引退しているんではないでしょうか?
また、当時はイベントが盛んだったのです。どのホールも連日イベントを開催していて、どの機種に高設定を何台いれているかなどをホールが朝一公表していたのです。メール会員になると夕方くらいに高設定が入った台番を受信出来るサービスもありました。私のマイホでは、吉宗ALL6などのイベントもやっていました。ホールとしては吉宗では相当な赤字ですが、客の入りが良かったので他の機種の売上でその赤字をペイ出来たんです。
それが昨今のパチスロでは、イベントなし、等価交換廃止、高設定台の激減、機械割の低下など、悪いことづくめです。だから、4号機全盛の頃のスロッターを始め、最近の若い人も今のパチスロに魅力を感じないんです。一方の競馬などは3連単で高配当が期待出来ますから、そちらへ流れている一面もあると思います。